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全国定時制通信制高等学校長会 編著 『定時制・通信制課程における多様なニーズに応じた指導方法等の確立・普及のための調査研究』(2019年,ジアース教育新社)

2020/06/30

 本書は、全国定時制通信制高等学校長会が文部科学省の委託を受け、2018年度に実施した調査研究事業の報告書である。本報告書の構成は、第Ⅰ部 調査研究に当たって、第Ⅱ部 調査研究への取組について、第Ⅲ部 実践報告、第Ⅳ部 調査研究のまとめ、第Ⅴ部 参考資料となっている。このうち実践報告は、不登校や中退経験生徒への対応、特別支援ニーズへの対応、外国籍や日本語指導を必要とする生徒への対応、経済的困難を抱える生徒への対応、非行・犯罪歴を有する生徒への対応という5つのテーマに分かれている。複数の高校の事例が、その特徴とともに各5~10ページ程度にまとめて掲載されており、今まさに対応に迫られている学校でも参考にできる内容となっている。また、参考資料には、全国の定時制・通信制高校における生徒のニーズ対応に関する記述式アンケートの結果が列挙されており、全国的な現状を知るための貴重な情報源となっている。本報告書の特徴は、この情報量の多さにあるといえるだろう。
 巻頭言では、障害のある生徒を対象とした特別支援教育に焦点を当てた記述がなされているが、本調査研究事業に通底するテーマは、広い意味でのインクルーシブ教育の実現だと考えられる。日本ではインクルーシブ教育というと、障害のある子どもが通常の学級で学ぶ事に限定して使われることが多い。しかし、元来インクルーシブ教育とは、「すべての学校を、遥かに多様な子どもたちのニーズ-障害のある子どもたちだけでなく、貧困によって、性によって、なかでも個性の成長や人格の発達を犠牲にして教科の成績を優先するカリキュラムによって、軽視され、除外されているすべての子どもたちのニーズに応えられるように改革し、再構築すること」(Mittler 2000=2002,p.ⅵ)とされ、その射程はかなり広い。

 ただし、調査対象校における多様なニーズへの対応状況については、その内容によって回答状況に違いが表れている。回答をニーズ毎に分類した結果、のべ1138件のうち、不登校や中退経験生徒への対応、特別支援ニーズへの対応がそれぞれ約30%を占めたのに対し、経済的困難を抱える生徒への対応が約18%、外国籍や日本語指導を必要とする生徒への対応が約15%、非行・犯罪歴を有する生徒への対応が約9%となった(p.13)。このうち、外国籍や日本語指導を必要とする生徒への対応については、若干の地域差があったという(p.158)。また、筆者が見た限り、自学自習が前提となる通信制課程の回答も少なかった。回答が最も少なかった非行・犯罪歴を有する生徒については、他の生徒への影響を考えた時、受け入れに躊躇したり、対応に困難を感じる学校が多いことは想像に難くない。しかし、高校教育を受ける機会を保障し、社会的自立の一助とするため、こうした取り組みには大きな意義があり、一層の充実が求められるところである。
 本報告書は、定時制・通信制高校における実践をまとめたものであるが、これらの高校が多様なニーズを持つ生徒を積極的に受け入れることが、全日制高校における教育の硬直化を助長するのではないかという指摘もある。本報告書に掲載されている対応策が、定時制・通信制高校に限らず、全日制高校やさまざまな教育機関で参照され、その「改革」に寄与することを期待したい。

【参考文献】Mittler,P,2000,Working towards inclusive education(=2002,山口薫訳『インクルージョン教育への道』東京大学出版会).