通信教育からの提言

2020/04/15

「通信教育からの提言」について

 新型コロナウイルス感染症の影響で、学校種を問わず、授業の開始の目途が立ちません。そんな中、学習機会を確保する観点から、対面による授業に代えて、遠隔授業の活用が強く求められています。通信教育を含む遠隔教育の普及を目指してきた私たちにとって、長年にわたって培ってきたノウハウがお役に立つ機会なのではないかと考えています。
 そこで、期間や回数は決めていませんが、リレー形式で私たちの知見をご紹介させていただこうと考えています。この非常事態に、少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。
 
2020年4月15日
日本通信教育学会 会長
鈴 木 克 夫
 


「通信教育からの提言」について (鈴木 克夫)
第1回 自学自習 (古壕 典洋)
第2回 今、学校、教師に求められていること (土岐 玲奈)
第3回 大学における遠隔授業(メディア授業)の適切な運用について (田島 貴裕)
第4回 通信制高校の方法を参照するということ (井上 恭宏)
第5回 今こそ「大学通信教育」の活用を! (山鹿 貴史)
第6回 緩い「つながり」の遠隔教育 (白石 克己)
第7回 大学にもたらされた変化、もたらされない変化、未来の可能性 (石原 朗子)
第8回 コロナ禍後の大学通信教育 (寺尾 謙)
第9回 不測の事態で試される教育の質 (篠原 正典)
第10回 オンライン教育推進で忘れてはならないこと (手島 純)
第11回 「広義の遠隔教育」へのまなざしと学校内外における学習機会の保障 (内田 康弘)
第12回 これからの学びに関する提言 (松本 幸広)
第13回 「通信教育からの提言」まとめに代えて (石原 朗子)
「通信教育からの提言 ~2020年4月から7月~」(日本通信教育学会)
 

第13回 「通信教育からの提言」まとめに代えて

 2020年、世の中は多くの人が予想しない局面に直面しています。新型コロナ・ウィルスの影響は教育にもおよび、学校や社会教育の現場において長い中断や、教育方法の変更を迫られています。「なんとかして学びを守りたい。どうすれば学びを保障できるのか?」、そうした思いは、教育関係者はもちろん、社会全体でも共有されました。そのような中、大学では、対面授業に代えての遠隔授業の活用が急速に進み、また、小中高の現場でも、環境による温度差はあれ、遠隔授業や、対面以外の教育方法の模索が続いています。
 こうした中、私たち、日本通信教育学会では、通信教育・遠隔教育を研究し、多くの会員が実践者として関わってきた団体として、長年にわたって培ってきたノウハウが役立つのではないかと考え、4月15日から「通信教育からの提言」をスタートさせ、12の提言を行ってきました。そして、いま、各教育機関や教育関係団体が、あるべき教育を再考する時期に至っています。私たち日本通信教育学会でも、本年度の研究協議会では、今の時代での教育のありかたを考えることになるだろうと思われます。
 この間、教育をめぐっては、厳しい情勢の中で、学びの保障に向けて遠隔教育の導入が進められるよう、文部科学省からは複数の通知や事務連絡が発表され、また、中央教育審議会初等中等教育分科会・新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会からは「全国の学校教育関係者のみなさんへ」(2020年4月30日)が発表されました。その中では次の3点が述べられています。
1.多様な手段による子供の状況把握、学びの保障、心のケアなどの対応
2.文部科学省による教育現場への徹底した支援
3.子供たちの学び合う場の確保
  私たちの学会の柱である通信教育、遠隔教育では、時間、場所にとらわれず、あらゆる人々が学べることを志向しています。その点で、学びの保障との関わりは密接です。実際、今回の一連の提言でも、このような時期の学びの保障に向けて複数の会員が提言を行いました。今回は最終回として、これまでの提言を振り返りながら、いま私たちにできること、今後、私たちが考えていくべきこと向かうべき方向性について考えてみたいと思います。

【なぜいま通信教育なのか】
古壕会員は、通信教育が終戦後の焼け野原の中で産声を上げ、社会の発展に伴う様々な課題に応じながら「自学実習」の実践を積み重ねてきたことを述べ(第1回)、山鹿会員は、通信教育が「国の非常時」に常に注目されてきたことを述べています(第5回)。それには、教育の機会均等への要請や、ベビーブームに対応した教員養成の際の利用があります。そうしたことを踏まえつつ、今回の学校に通えない事態において、高校や大学での学びの保障の点で、通信教育の方法論や、遠隔教育が利用できることを複数の会員が述べています。

【通信教育を使って学校現場でできること】
 通信教育の観点で、高校の現場については、井上会員が、通信制高校のレポートの全日制での活用など、インフラ面などで遠隔授業が導入しづらいケースでも可能な学びの保障のあり方を紹介し、レポートを通して一対一で向き合い、一緒に取り組めることができる、協同の効果をあげています(第4回)。
 大学の現場については、山鹿会員が、通学制において、印刷教材による授業の方法を緊急的に取り入れる提案や、通信制との単位互換といった具体的方策を提案しています(第5回)。また、寺尾会員は、通信制がコロナの影響で経済的困難に陥り退学せざるを得なかった学生を救う教育機会の保障の機能になるのではないかという予想を述べています(第8回)。

【遠隔教育の利用が学校現場にもたらすこと】
 今回の状況では遠隔教育の推進も1つの特徴です。このことについて土岐会員は、現在のような状況下において自宅でできることの積極的な側面に目を向けることの大切さを指摘し、ICT活用における教師の役割の変化や、その重要性に目を向けています。そこでは、学びをコーディネートする教師の力の重要性を述べています(第2回)。
 さらに、大学の状況をめぐっては、田島会員が4月の早い段階で、遠隔授業(メディア授業)の解説を行い、同時双方向のテレビ会議型授業と非同期のオンデマンド授業の違い、後者の取り扱いにおける留意点を指摘しています(第3回)。本著者の石原は、大学の遠隔教育の進展において、それが「対面授業と同じことを行うべきもの」とは限らないのではないかという指摘をし、今回の議論をきっかけに、多様な学び方への注目がなされ、多様な学びのルートが確立することへの期待を述べています(第7回)。
 こうした議論を受け、篠原会員はオンライン授業の進展が教員や学生の質の見極めになっていること、不測の事態の中で見えてきた問題もあることを述べています。そして、今回の事態により、今まで当たり前であったことへの視点が変わり、オンライン学習の重要性や教員のスキルアップにつながる可能性も期待しています(第9回)。

【通信教育の意味】
 井上会員も指摘する「つながり」の側面をより明確に述べたのが、白石会員です。白石会員は、通信教育-特に社会通信教育-においての、「間柄」よりも「事柄」に専念できることの良さをあげています。それは「脱人間」の「無縁社会」ではなく、ともすれば排他的にもなりうる堅い「つながり」からの自由であり、「弱い紐帯が持つ強さ」があると言及しています。そして、ソーシャル・ディスタンスの議論が「心理的距離」の再評価につながることの期待を述べています(第6回)。

【遠隔教育の魅力・忘れてはならないこと】
 遠隔教育は、学校に行かずに学ぶことができる点で重要な手法です。この点に着目し、「広義の遠隔教育」による学習支援や教育課程履修の可能性に触れたのが、内田会員です。内田会員は、遠隔教育が弾力的かつ多元的な制度設計が可能な点で期待を寄せています(第11回)。一方、遠隔教育(オンライン教育)で重視される個別最適化という視点が、ややもすると「教育の公共性」の喪失につながる可能性を指摘したのが手島会員です(第10回)。

【教育とは・学びとは】
 学校教育では、高校と大学で呼び方の違いはありますが、通信制と通学制という2つの学びの仕組みがあります。松本会員は、メディア技術の進展により通信制と通学制にまたがる授業方法(遠隔授業)が進展してきたなかで、通信制は高校の「添削指導」、大学の「印刷教材等による授業」が独自の部分であるものの、今回の新型コロナ禍対応で境界があいまいになりつつあることを指摘します。そして、学びの本質を生涯学習(Lifelong learning)の理念であるドロール報告の「学習の4本柱」に見出し、学びたい時に、学びたいことをそれぞれのライフスタイルに合わせて学ぶことができる社会ことが大切であるとも述べます(第12回)。こうした発想に通信教育は親和的であると考えられます。

■まとめに代えて
 今回、社会が危機的な状況のなか、学びを確保するべく、教育現場における遠隔での学び(特に通学制での遠隔授業)が急速に進展しました。そこでは、対面授業だけでは気づかれなかった視点が明らかになりました。このことは本提言においても、それ以外の場においても述べられています。それは、本提言に限れば、教員の質や生徒・学生の質を見極めにもつながるという指摘がありました。つまり、教員の側について言えば学び手の独学を支援できるような学習(学修)環境の提供の必要性や、双方向性の大切さが述べられましたし、課題を出す際にも添削指導の発想を活かすことでよりよい学びを提供できるのではということも述べられました。
 これらの指摘からは、通信教育・遠隔教育では、対面という同じ場所に集うことがない、あるいは少ない中で、だからこそ、教える側と学ぶ側がともに学びの場を作っていく必要があるし、離れていても「つながり」を持って学ぶことが大切にされていると言えるのでしょう。
 さらに、本提言の中では、通信教育、遠隔教育は、非常時に注目されるという指摘や、セーフティネットとして児童・生徒の学びの保障に寄与しているという指摘が多数見られました。このことは危機的な状況、通常の教育機会が確保しづらい状況の中で、通信教育・遠隔教育は強みを発揮できるという可能性が見えたとも言えます。そこに見えた強みの裏にあるのは「いつでも、どこでも、誰でも」が学べる環境を整える発想であり、「1対1の重視」ではないでしょうか。
 しかし同時に、この2つの発想、「いつでも、どこでも、誰でも」「1対1の重視」とも本来的には学びの本質であることに他なりません。
 今後、通信教育・遠隔教育がどの程度浸透するかは未知数ではあります。しかし、学習(学修)者中心の学びを考える時、「いつでも、どこでも、誰でも」「1対1の重視」という本質は、浸透していってほしいと願っています。
 
石原朗子(星槎大学・日本通信教育学会事務局長)

※本まとめは、日本通信教育学会学会報第54号「『通信教育からの提言』の連載を通じて私たちが伝えてきたこと」を大幅に加筆・修正したものです。本提言にご協力いただいた皆様に改めてお礼を申し上げます。