通信教育からの提言

2020/04/15

「通信教育からの提言」について

 新型コロナウイルス感染症の影響で、学校種を問わず、授業の開始の目途が立ちません。そんな中、学習機会を確保する観点から、対面による授業に代えて、遠隔授業の活用が強く求められています。通信教育を含む遠隔教育の普及を目指してきた私たちにとって、長年にわたって培ってきたノウハウがお役に立つ機会なのではないかと考えています。
 そこで、期間や回数は決めていませんが、リレー形式で私たちの知見をご紹介させていただこうと考えています。この非常事態に、少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。
 
2020年4月15日
日本通信教育学会 会長
鈴 木 克 夫
 


「通信教育からの提言」について (鈴木 克夫)
第1回 自学自習 (古壕 典洋)
第2回 今、学校、教師に求められていること (土岐 玲奈)
第3回 大学における遠隔授業(メディア授業)の適切な運用について (田島 貴裕)
第4回 通信制高校の方法を参照するということ (井上 恭宏)
第5回 今こそ「大学通信教育」の活用を! (山鹿 貴史)
第6回 緩い「つながり」の遠隔教育 (白石 克己)
第7回 大学にもたらされた変化、もたらされない変化、未来の可能性 (石原 朗子)
第8回 コロナ禍後の大学通信教育 (寺尾 謙)
第9回 不測の事態で試される教育の質 (篠原 正典)
第10回 オンライン教育推進で忘れてはならないこと (手島 純)
第11回 「広義の遠隔教育」へのまなざしと学校内外における学習機会の保障 (内田 康弘)
 

第11回 「広義の遠隔教育」へのまなざしと学校内外における学習機会の保障

  新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大は、医療界や経済界のみならず、現代社会の様々な場面に大きな影響を与えた。教育界もその例外ではなく、子どもたちの学習機会を保障するため、教育現場では日々試行錯誤が続いている。こうした非常事態下において、急遽、政策提案として持ち上がった「9月入学」は、すでに日本教育学会「9月入学・始業制」問題特別検討委員会による提言(1)や、苅谷剛彦氏(オックスフォード大学)らの研究グループによる報告書(2)で詳しく指摘されたように、拙速な導入を避け、中・長期的に議論を重ねる必要のある課題であろう。それでは、子どもたちの学習機会を保障するため、私たちが早急に検討して実施する必要のある課題にはどのようなことが考えられるのだろうか。

 本報告を執筆している時点(2020年6月中旬)では、前述した日本教育学会に加え、教育に関する研究者や子ども支援を行うNPO法人(3)、また日本通信教育学会の所属会員等によって、すでに数多くの提案・提言がなされている。本報告ではこうして先行する知見を踏まえ、報告者が研究を続けてきた通信制高校に関する知見を援用しながら、「広義の遠隔教育(4)」を用いた学習支援・教育課程履修システムの可能性について考えていきたい。

感染再拡大等による諸リスクに備えた「広義の遠隔教育」システムの整備

 2020年6月中旬現在、緊急事態宣言が全国的に解除され、学校への登校が徐々に再開されつつある。分散登校の実施や間仕切り板による机間距離の確保、マスクやフェースシールド着用による授業実施等、教育現場では様々な感染防止策が実施されている。4~5月の休校期間における学習の遅れを取り戻すため、夏休みの短縮や学校行事の中止を決断した学校も全国的に多い(5)。しかし、これらの再編された年間教育計画は、学校への登校が可能との前提で成立するものである。今後、感染第2波の到来によって学校内で感染者が発生したり、再び緊急事態宣言が出されたりすれば、臨時休校等の措置は避けられないだろう。そうなれば、教育課程の実施状況には都道府県や自治体、学校単位で大きな差が生じ、それに伴う学習格差、学力格差が拡大する恐れが十分にある。また、卒業学年では必要な教育課程を修了することができず、入学試験や卒業等に影響する可能性も考えられる。

 こうした感染再拡大等による諸リスクに備えるため、現行の学校再開ガイドラインに加えて、臨時休校時にも対応可能な、弾力的な教育システムの整備が急務であると考える。文部科学省は「新型コロナウイルス感染症対策に伴う児童生徒の「学びの保障」総合対策パッケージ」(2020年6月5日)を通知し、今後の子どもたちへの学習保障の在り方を示した。そこでは特に、ICT端末を活用した家庭学習のための環境整備が強調されている。確かに、再び不要不急の外出自粛を求められる可能性もある現況において、各家庭のオンライン学習環境を等しく整備することは重要である。ただ同時に、ICTを活用した家庭間での学習状況の違い(6)や、それに基づく家庭間での子どもの学力格差の(更なる)拡大(7)など、学校の教育内容をオンラインでの家庭学習で補完する上での懸念も少なからず存在する。
 また、中教審初等中等教育分科会「新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会(第9回)」(2020年6月11日)では、非常時に備え、新型コロナウイルス感染症が収束しておらず必要に応じて臨時休業等が行われる「WITH コロナ」の段階と、感染収束後の「ポストコロナ」の段階とを区分し、ICT を活用した各時期での教育対策が詳細に議論されている(8)。ここでは、主に教師と児童生徒が ICT を活用してつながることを重視されているが、想定されているICTの整備には現実的にどの程度の期間が必要なのか(今年度内に実現可能なのか)、児童生徒はICTを学習面で使いこなすことができるのか、また、その学習効果はどの程度なのか等についても、慎重かつ丁寧な検証が必要だろう。さらに、年間教育計画の再編や学校内における感染症対策等、通常業務に加えて大きな負担を強いられている学校教職員に対し、対面指導とICT を活用した遠隔・オンライン教育との組み合わせによる新しい教育様式への転換を早急に求めることにも、慎重かつ丁寧な姿勢が必要である。

 こうした状況下において、より実現可能性および汎用性の高い路線として考えたいのが、前述した提言でも一部言及されているように、既存の通信制高校のノウハウを用いた弾力的な学習支援・教育課程履修システムの整備である。戦後の日本社会において、通信制高校は「いつでも、どこでも、だれでも」の理念のもと、後期中等教育のセーフティネットとして、経済的な困難を抱える生徒や不登校・高校中退経験を持つ生徒等の多様なニーズに対応してきた(9)。その教育は添削指導(レポート)、面接指導(スクーリング)、そして試験(テスト)によって行われ、放送その他の多様なメディアを利用した指導等の方法を加えて行うことが可能である(高等学校通信教育規程第二条)。レポートの郵送時には第四種郵便(100gあたり15円)が適用され、たとえ経済的・時空間的な制約があったとしても、ICTが整備されていない状況であったとしても、教員と生徒による双方向でのコミュニケーションを通じた教育課程の履修(単位認定)を、長きにわたって実現してきた。
 ここで文部科学省「通信教育における第四種郵便の必要性等について」(2017年1月31日)によれば、レポートの添削指導は、紙媒体での郵送によるものが圧倒的主流であり、パソコン等のICTを活用する学校は一部にとどまっている(調査対象の広域通信制高校105校のうち20校、うち多くが紙媒体との併用)。その理由として、生徒側の学習状況や経済的背景、学校側のICT環境の開発・維持管理費用等といった課題が挙げられている。さらに、同資料には「今後、ICTの普及や環境整備の進展に伴い、インターネット等を活用した添削指導を新たに導入する学校が増加するとしても、紙媒体等の郵送による添削指導に取って代わるような状況にはならないものと考えられる」(p.4)と明記してあることにも十分留意したい。これはあくまで通信制高校での添削指導のケースではあるが、ICT活用による教育環境を整備する上で生じうる逆説的帰結の一例であり、現行の教育政策を推進する上で決して無視することのできない重要な論点だと考えられる。こうした様々な条件を総合的に考慮した上で、通信制高校では今なお紙媒体でのレポートの郵送が広く採用されている。

 このように、通信制高校の現況を踏まえた上でその諸制度を特例として期間限定的に適用し、必要に応じてICTを活用した教育と適宜組み合わせることで、感染再拡大等による諸リスクに対し、できる限り教育課程を円滑に実施できる学習環境を整備することはできないだろうか。例えば、家庭学習やそれに代替すると考えられる学校外教育施設等での学習の状況を、郵送やFAX(オフライン)もしくはICT活用(オンライン)での提出によるレポートや課題等の添削によって確認し、段階的に外出自粛要請が緩和されたのち、分散登校でのスクーリングとテストによって児童生徒の学習到達度を測る、といった方法である。感染再拡大による諸リスクに備えるためにも、様々な理由でICTを活用できない家庭や児童生徒のためにも、ICTの新規整備だけでなく郵送等の既存の制度を同時に活用し、学習空間(学校内/学校外)と学習方法(オンライン/オフライン)とを柔軟に組み合せた、「広義の遠隔教育」による弾力的かつ多元的な学習環境を早急に整備することが肝要だと考える。

「学校に行かない/行けない」子どもたちへの教育保障

 こうした「広義の遠隔教育」を用いた弾力的かつ多元的な制度設計は、感染再拡大等による諸リスクに加え、夏季の授業期間における熱中症リスク、夏休み短縮や学校行事の中止による身体的・精神的疲労の蓄積、学校再開による登校へのプレッシャーやストレス、家庭における児童虐待やDV被害等、今後考えられうる児童生徒の学校生活上の諸リスクを分散する観点からも、重要な意義を持つ可能性がある。学校再開によって徐々に学校に登校できる状態が戻りつつある一方で、長期間の休校による生活リズムの乱れや不安傾向(不眠や寝坊、食欲不振等)によって、学校に行くことがつらいと感じる児童生徒もいることだろう(10)。

 2019年10月の文部科学省通知では、義務教育段階の不登校支援において、必ずしも「学校に登校する」という結果のみを目標にするのではなく、児童生徒が自らの進路を主体的に捉えて、社会的に自立することを目指す必要性が示されている(11)。その際、ICTを活用した学習支援や、フリースクールなどの民間施設やNPO等と相互に協力・補完することの意義は大きいとされる。さらに、自宅(家庭)でのICT等を活用した学習や、要件を満たす学校外の教育施設での学習は、学校長が認めれば指導要録上出席扱いとすることができる(12)。これらの制度を広く周知し、さらには、義務教育段階に加えて高校段階にも可能な限り特例的に適用することが必要ではないだろうか。こうして様々な事由により「学校に行かない/行けない」子どもたちへの教育保障といった観点からも、「広義の遠隔教育」を用いた弾力的な教育制度を整備し、学校内外での学習機会を広く保障することが必要である(13)。

本報告のまとめと限界

 前述した文部科学省の総合対策パッケージでは、「あらゆる手段を活用し、学びを取り戻す」ことが、中教審初等中等教育分科会配布資料では「多様な子供たちが誰一人取り残されることなく社会とつながる個別最適化された協働的・探究的な学びを実現」することが目標として掲げられている。それならば、感染再拡大等による諸リスクがある現況において、現行の政策で推進されているICT整備だけに焦点化することなく、第四種郵便の特例的適用等をも含めた「広義の遠隔教育」による学習支援および教育課程履修システムを検討し、「学校への登校」のみに限定されない多元的な学習環境を早急に整備する必要があるだろう(14)。その際、例えばレポートや課題等の作成・添削および事務処理等にかかわる教職員の追加的配置、NPO法人やフリースクール、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー等との円滑な連携・協働といった課題についても、同時に検討していく必要がある。

 最後に、本報告の限界を述べておきたい。本報告は新型コロナウイルス感染再拡大等による諸リスクに備えるための教育保障という観点から、通信制高校の現況や制度を確認しつつ、「広義の遠隔教育」システム整備の必要性について述べてきた。これは現在進められているICT活用による教育政策の方針を一方的に批判するためのものではなく、政策を実施する上で慎重に検討する必要がある論点の整理を試みたものである。また、本報告の内容はアカデミック(研究的)な意味で不十分な点も多く、今後はこれまで整理してきた数々の論点について、実証的なデータを用いて丁寧に検証を行っていくことも必要だろう。
 この非常事態下では、議論すべき課題の順序や優先度を見誤ることなく、長期的な目標・理想と目前の現実とを区分し、教育現場では現在何が喫緊の課題であるのかを慎重に見定め、より実現可能性と汎用性の高い政策を早急に実施することが求められている。
 
内田 康弘(愛知学院大学)
 


(1) 日本教育学会(2020.5.22)「9月入学・始業制」問題検討特別委員会提言『9月入学よりも、いま本当に必要な取り組みを――より質の高い教育を目指す改革へ――』より。
(2) 苅谷剛彦[代表](2020.6.4)「9月入学導入に対する教育・保育における社会的影響に関する報告書[改訂版](確定)」より。
(3) 朝日新聞デジタル(2020.5.27)「9月入学は「不要不急」 署名活動続ける学者らが会見」(https://www.asahi.com/articles/ASN5W3CTVN5VUTIL03G.html)。
(4) 文部科学省「遠隔教育の推進に向けた施策方針」(平成30年9月14日)では、遠隔教育の定義について「遠隔システムを活用した同時双方向型で行う教育」と示されており(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/14/1409323_1_1.pdf)、現在、文部科学省で進められている遠隔教育の推進に関する議論も、この定義に基づくものである。しかし遠隔教育は、ICTの活用による同時双方向のものだけでなく、離れた場所から行われる教育全般を示す包括的な概念であり、例えば郵送や放送を利用した通信教育等を含むものである。本報告ではこうした背景を鑑み、文部科学省指針で使用されている狭義のものと区別する形で「広義の遠隔教育」を用いる。
(5) NHK WEB(2020.6.2)「夏休み短縮や学校行事の中止相次ぐ 実施へ工夫も 新型コロナ」(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200602/k10012455841000.html)より。
(6) NHK WEB(2020.5.23)「生活困窮世帯 約3割の子ども“オンライン学習支援受けられず”」(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200523/k10012442431000.html)より。
(7) 例えば、親に大卒学歴が多いほど子どものメディア消費時間(テレビ視聴とゲーム時間の合算)は短い傾向にあるとの研究結果がある(松岡亮二, 2019, 『教育格差:階層・地域・学歴』筑摩書房, pp.131-132)。この知見を援用すれば、仮にICT環境を等しく整備しても、家庭学習ではなくメディア消費に利用してしまう子どもが一定程度存在するかもしれず、そうした傾向は親学歴の違いによって顕著に表れる可能性が考えられる。ICT活用によるオンラインでの家庭学習が教育政策として推奨されるのであれば、今後は同時に、それによる「意図せざる」学習格差や学力格差に関する実証的検討や対策も必要になるだろう。
(8) 初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室「新型コロナウイルス感染症を踏まえた、初等中等教育におけるこれからの遠隔・オンライン教育等の在り方について(検討用資料)」(2020年6月11日)(https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/20200611-mext_syoto02-000007826_4.pdf)より。
(9) 例えば、手島純[編著](2018)『増補版 通信制高校のすべて:「いつでも、どこでも、だれでも」の教育』(彩流社)等を参照のこと。
(10) 東京新聞WEB(2020.6.4)「休校明け「学校つらい」に理解を 「コロナいじめ」の懸念も」(https://www.tokyo-np.co.jp/article/33286)より。
(11) 文部科学省「「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」(令和元年10月25日)(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1422155.htm)より。
(12) 「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」(令和元年10月25日)(別記1)義務教育段階の不登校児童生徒が学校外の公的機関や民間施設において相談・指導を受けている場合の指導要録上の出欠の取扱いについて、(別記2)不登校児童生徒が自宅においてICT等を活用した学習活動を行った場合の指導要録上の出欠の取扱いについて(https://www.mext.go.jp/content/1422155_001.pdf)より。
(13) 一例として、認定NPO法人カタリバは、オンライン上で子どもたちが自由に交流できる居場所やストレスケアの機会を提供している(https://katariba.online/)。今後学校が、このようなNPO法人や民間教育機関による、ICTを活用した学習支援および居場所支援の取り組みとの連携・協働を強化することも、重要な検討事項だと考えられる。
(14) 例えば公立通信制高校のノウハウを生かした学校間連携等に関する具体的な提言については、第4回「通信制高校の方法を参照するということ」(井上恭宏)を参照のこと。


第10回 オンライン教育推進で忘れてはならないこと
 
感染症と歴史
 新型コロナウイルス感染症の拡大にかかわって、歴史を見直すことが多くなった。世界史においても日本史においても、今までの自己の学習履歴は、多くは権力闘争の歴史を概観することであり、せいぜいその因果関係を考察する程度であった。しかし、感染症という切り口で歴史を見ていくと、感染症がいかに大きな影響を与えたかが分かってきった。
 山川出版社の『詳説 世界史研究』を読むと、アテネがスパルタとの戦い敗れたペロポネソス戦争に感染症(疫病)が関わっていることがさりげなく記述してある。アテネはペリクレスの指導の下に市内に立てこもりスパルタを迎え撃ったが、そのペリクレスは疫病で命を落とし、人口が密集したアテネ市内で多数の市民も疫病で命を失ったのである。私はスパルタの軍事力がアテネを圧倒したと思っていた。
 『感染症対人類の世界史』(池上彰・増田ユリヤ)にはペストの流行で教会の権威が失墜し、それがルネサンスや宗教改革につながったとの記述がある。ニュートンもペストを逃れて故郷にもどって「万有引力の法則」を発見したらしい。こうした認識をほとんど持たずに歴史を学んでいた方は多いのではないだろうか。歴史を感染症の視点で見ることが大切であるように、教育も多面的に見ていくことは必要である。

個別最適化学習という媚薬
 新型コロナ感染の流行に伴って学校教育の場ではオンライン化が進み、さまざまな場面でのデジタル化やICT化が追究されている。そのことにより近代学校の様相である「一斉授業」「同一空間」「同一教材」「同一年齢」は解体していくだろう。それは求めていたことだ。しかし問題は、どの道筋で解体していくのかである。
 個別最適化学習への取組みが喧伝されている。この流れは止められないと思う。しかし、この個別最適化学習という媚薬は、個別最適化される環境というものが必要である。端末はあるのか、ネット環境はどうなのか。社会的格差が広がる中で「身の丈」が求められてはいないのか。そもそも個別最適化学習は、AIの支配に屈するプロセスと言えなくもない。AIに関しては、「車いすの天才科学者」と言われ、2018年に亡くなったホーキング博士が「AIは自らの意志を持つようになり、人間と対立するだろう。AIの到来は人類史上最善の出来事になるか、または最悪の出来事になるだろう」と言っている(博士の遺言)。AIがバラ色の未来だけを用意しているわけではない。そうした認識をどこかに持っていたい。
 経済学者で思想家のジャック・アタリは、大手IT会社のいわゆるGAFA支配が進むと気候変動や貧困問題に誰も取り組まなくなると指摘している(2019年「東京会議」)。つまり、企業が世界を支配すると利潤追求が主になり、「公共性」というものが喪失していくのである。

教育の公共性
 教育の商品化が極度に進んでいく可能性もある。経済産業省が提起する「EdTechによる未来の教室」に依拠して発言する人が増えている。しかし、私が最も危惧するのは「民間教育と公教育の壁」を溶かしていくのを是とする論理だ。民間教育という名の市場原理が公教育を崩壊させないか。通信教育にかかわっている者にとって、株式会社立高校であったウイッツ学園高校の就学支援金不正受給問題は忘れられない。「公共性」を失した企業の論理は利潤を求めて暴走する可能性がある。
 「社会とシームレスな『小さな学校』」というのも気になるところだ。一見、「学校化社会」批判にもなっているようだが、「小さな学校」は「小さな政府」を想起する。新自由主義的な言葉がさりげなく使われていないか。新自由主義の流れである構造改革によって郵政民営化が行われたが、当時は異議をとなえる人はそう多くはなかった。効率と成果が求められることを是としたからだ。しかし、民営化は郵政の不祥事を起こす源泉ではなかったのかという検討は必要だろう。急激な変化は大切なものを置き去りにする可能性がある。
 先行研究をリスペクトしながら新規性を求めていく。これは研究するということの大切な道筋だ。しかしながら、教育の分野では留まることをしらない「教育改革」によって、かつてのスタイルが全否定される。チョーク&トークから脱却するのはいい。しかし、全否定してアクティブ・ラーニングに飛びついて、「深い学び」が忘れられては確かに困る。オンライン教育も同じことである。
 「オンライン教育などのICTを学校に導入しようという声が日本では今後高まるでしょう。ただし進め方によっては、そのせいで不平等が拡大する可能性があります。ICT化の影響をきちんと調査すべきです」とは英オックスフォード大学の苅谷剛彦氏の話である(2020年6月4日付「朝日新聞」)。このことを常に念頭に置かないと、「最悪の出来事」(ホーキング博士)が用意される危険性があると思う。
 
手島 純(星槎大学)
 


第9回 不測の事態で試される教育の質

 新型コロナウイルスは社会に大きな影響を及ぼし、人の生活、経済、政治、そして教育までも変えようとしています。東日本大震災で原子力発電所が想定外の大津波により破壊され、メルトダウンするという不測の事故が起きました。今回のコロナウイルスによる影響もまさに不測の事態です。不測の事態が起きると様々な問題が露見してきます。

 教育においても三蜜を避け、通学授業の代わりにオンライン授業が多くの教育機関で行われています。国内の小・中・高校のICT活用教育が始まってから25年経っていますが、未だに国内の教育のICT化は諸外国に比べればかなり遅れている状況です。コロナウイルスの影響で政府や自治体はオンラインでの授業実施に向け、「学校のパソコンの充足」や「無線LANの整備」の必要性を真剣に考え始めました。かなり前に整備されていたはずの環境ですが、これまで後回しにしていた「つけ」が回ってきたとも言えるでしょう。突然オンライン学習が必要になったから環境を整備しようと言い、それで整備されたとしても効果的なオンライン学習ができるはずはありません。国内のオンライン学習が普及しない最大の原因は教員のICT活用スキルにあるからです。単純に黒板を使った通常の授業を撮影して、動画で見られるようにするというだけでも、機器を使う技術的なスキルはもちろんのこと、対面ではなくネットワークの向こう側にいる学習者を意識しなければなりません。特に授業で重要となる「発問」の技を発揮できません。オンラインでの授業経験がない教員にとっては大変でしょう。

 私が所属する大学でも少なくとも春学期はオンライン学習に移行することになりました。現在、多くの大学がオンライン学習を推進するためのe-Learningシステムを保有していると思います。それでも数十年前に既に100%の大学がe-Learningシステムを有している欧米と比較すると日本の大学の整備は遅れています。しかし、e-Learningシステムを有している大学でさえ、今回のコロナ対応のオンライン学習に対して、そのシステムが役立たなかったことに気づいたのではないでしょうか。ほとんどのe-Learningシステムは対面授業の効果を上げるために、ブレンド型の利用形態を想定しています。そのため、数千人の通学の学生が一斉に(カリキュラムに即して)システムを利用する事態を考えておりません。その結果、同時アクセスにシステムが耐えられず、やむなく自前のシステム利用を断念した大学も多く出たのではないでしょうか。これも不測の事態です。通信教育をe-Learningで提供している大学では、数千人の学生が居てもほとんど問題ありません。学生によるアクセスが分散されているためです。通学の学生全員がカリキュラムに即したオンライン学習を行うことを想定したシステム設計になっていなかったため、大手企業が無償で提供しているシステムを利用しているのではないでしょうか。例えばオンデマンドの学習が可能なGoogle Classroomや同時双方向の学習が可能なGoogle Meet、あるいはZoomといったシステムが利用されていると思います。不測の事態でも耐えられるシステムを世界中のユーザを対象に提供している大企業の施策と実践に、改めて感服します。

 今回のオンライン授業は教員の質や学生の質を見極めることにもなっているのではないでしょうか。今年度に限り著作権者の利益を不当に害することになる場合を除き、授業目的のために無償で他者の著作物を公衆送信できることになっています。このため、他者の著作物を教材としてオンライン学習システム上に掲載し、課題を提出させるといった「授業もどき」が行われているかもしれません。あるいはパワーポイント(PPT)で作成した資料をシステムにアップし、同様に課題を提出させる「授業もどき」が行われているかもしれません。PPTはプレゼンテーションツール、すなわち、プレゼンテーションする側にとってツールであって、ラーニングツールではありません。ポイントだけが書かれているため、独学できる教材ではありません。それを基に学習させようとすること自体、学習効果は期待できません。こういった授業では教員が存在する意味がありません。例えば、PPT資料を教材として使う場合でも、その資料を詳しく教員が説明した動画を教材として提供する、あるいは理解を容易にするための補足資料を提供するなど、学習者が独学できるような学習環境を提供することが教員にとって必要となります。
 それから、授業を成立させるためには学習者との双方向性が確保される、すなわち、学生の意見をくみ上げ、それに教員がフィードバックすることや、学習者同士の意見交換の実現が必要となります。通常の大教室での対面授業と比較すると、オンライン授業では教材作成や学習者への対応において、教員の負担はかなり大きくなります。それをきちんと行っているかどうかで教員の質も評価されます。学生から評価されることになります。これまでは授業で教員が学生を評価してきましたが、オンライン学習になると、教員は教育の質を学生から評価されることになると思います。
 さらに、オンライン学習では生徒の質というか、学習に積極的な学生ほど効果的な学習ができるものとも言えます。もちろんこれは教員も積極的に授業に参加しているということが前提です。大学ではゼミという少人数授業の他に大教室の授業が多く存在します。対面の大教室授業を実践するなかでは、学生からの意見や発言はほとんどありません。これは質問が無いためではなく、「質問や発言をしないという周りの雰囲気」に従っているためです。これがオンライン学習になると、学習に積極的な学生は質問や発言をします。オンデマンドの形態では個人ごとに授業時間外でも質問や発言ができるため、対面授業には見られないことが起こります。教員がそれに回答するとその学生にとって有意義な学習に繋がります。中には、1人の学生と数回にわたって意見のやりとりも交わされます。これは私が今行っている授業の中で経験していることです。このことは、学習に積極的な学生にとっては対面授業以上に学習内容の理解が進み、教育の質が向上することが期待できます。

 このように不測の事態が教育の質、教員の質、学生の質にまで影響を与えています。これまでなかなか気づかなかったことが不測の事態によって、新たに露見されてきます。これまで実践しなかったことが実践せざるを得ない状況になってきます。これは良いことだと思います。人は何も起こらなければこれまで行ってきたことが当たり前のことだと誤解してしまい。それがおかしいことだとも感じません。オンライン学習の重要性に気づき、もしかしたら小・中・高の教育のICT化も他の国並みに環境整備が行われ、教員のスキルアップにも力が注がれるようになるかもしれません。

 誰一人としてコロナウイルスの発生や蔓延を歓迎するものはいません。教育においても児童・生徒・学生から学校における学習の場と機会を奪ってしまいました。学習する権利の侵害、教育の不平等などの悪影響は非常に大きいです。そのなかでコロナがもたらした功罪の「教育に与えた功」を敢えて考えてみると、教育改革、しかも教授する者の考え方、そして学習する者の考え方、さらに教育(学習)環境を変えざるを得ない状況にしたということではないでしょうか。この経験を機に、教授者、学習者そして組織が改めて教育の質を考えることになることが救いだと思います。
 
篠原 正典(佛教大学)
 

第67回研究協議会 開催のお知らせ(終了しました)

日本通信教育学会 67回 研 究 協 議 会

日本通信教育学会第67回研究協議会を下記の通り開催いたします。皆様のご参加を心よりお待ちしております。


(1)日   時2019年12月21日(土)10:15~16:30(終了後に情報交換会)

(2)会   場:横浜情報文化センター2階 ニュースパーク
        〒231-0021 神奈川県横浜市中区日本大通11番地
(みなとみらい線「日本大通り」駅出口3番直結(横浜駅より6分)
(JR・横浜市営地下鉄「関内」駅より徒歩10分)

(3)参加費 員/  
  一 般/ 2,000円 ※会員でない方も参加できます。当日、受付にてお支払いください。

(4)申込方法 :日本通信教育学会Webサイト(http://jade.r-cms.biz/)にアクセスし、参加申し込みフォームに必要事項を記入の上、サイトからお申し込みください。なお、配付資料の印刷部数の関係で、会員の方も事前にお申し込み下さるよう、ご協力ください

(5)申込締切 :2019年12月10日(火)

(6)後援   :星槎大学

(7)プログラム
1000
1015
10151025
開場
開会
会長挨拶
司 会:堀出 雅人(華頂短期大学)
鈴木 克夫(桜美林大学)
10251050 自由研究発表(1)
国立大学通信教育における放送利用教育
発表者 山鹿 貴史(八洲学園大学)
10501115 自由研究発表(2)
勤労の場所において「学びながら働く」ための通信による職業教育
発表者 石川 伸明(愛知県立旭陵高等学校)
11151140 自由研究発表(3)
大学通信教育部の退学者減少と学修成果把握の試み-通信教育の地位向上のために-
発表者 古藤 隆浩(東北福祉大学)
11401300 総会(会員のみ)、昼食・休憩
13001400 特別研究発表
通信制高校・大学の社会的機能の変化-教員インタビューの分析から-
発表者 石原 朗子(星槎大学)
小暮 克哉(岩手大学)
山鹿 貴史(八洲学園大学)
指定討論者 松本 幸広(星槎グループ)
1400~1410 休  憩

シ ン ポ ジ ウ ム
14101625 テーマ 公立通信制高校はどこに向かうのか
趣旨 通信制高校に関しては学校数が増加し、高校生全体における生徒数の割合も増加している。数年前は高校生の20人にひとりが通信制生徒であったが、今日では  18人にひとりが通信制生徒というまでに迫っている。しかし、近年の拡大は私立通信制高校に負うことが多く、公立通信制高校に変化はあまりない。
2020年より私立高校全体で実質的な授業料無償化が実施されると、広域通信制高校においても無償化がおこなわれる可能性が高い。そのとき、学費が安いというメリットに価値があった公立通信制高校はどうなっていくのだろうか。
 本シンポジウムでは、公立通信制高校の歴史的意義を踏まえ、その未来を考える。
シンポジスト


コーディネータ
秋山 英好(神奈川県立茅ケ崎高校教諭)
髙山 緑 (栃木県立宇都宮高校教頭)
安田 浩一(星槎国際高校教頭)
井上 恭宏(神奈川県立相模向陽館高校教諭)
1630 閉会
           
1700 情報交換会(希望者のみ、会費別途)

■会場へのアクセス
                                     
交通アクセス
●JR「関内駅」南口 徒歩10分
●横浜市営地下鉄「関内駅」1番出口 徒歩10分
●みなとみらい線「日本大通り駅」3番出口 徒歩0分

※横浜駅からお越しの方は、横浜駅にて、みなとみらい線に乗り換えて約6分です。



■入会のご案内
(1)入会資格: 本会の目的に賛同し、入会手続きを経た者とします。
(2)会  費: 個人会員 年間 5,000  団体会員 年間 12,000
賛助会員 年間1 10,000
(3)申込方法:入会申込書に必要事項をご記入の上、事務局 jade.office.1950@gmail.com宛てにお送りください。
入会には会員(1名または1団体)の紹介が必要です。入会手続き終了後、事務局より会費の請求書をお送りしますので、会費の納入をお願いいたします。入会申込書は学会WEBサイトよりダウンロードできます。電話・FAXでのお申込みはお受けできかねますのでご了承ください。

なお、研究協議会当日の入会申込は受け付けませんので、ご了解ください。





 

令和元(2019)年度『研究論集』投稿募集

下記の通り、令和元(2019)年度『研究論集』への論文の投稿を募集します。
投稿を希望する会員は、ふるってご応募ください。

(1)題目届の提出
 ・提出方法: 投稿を希望する会員は、期日までに題目等(①氏名、②所属、③題目)を事務局宛に電子メール
          (jade.office.1950@gmail.com)にてお知らせください。
 ・提出締切: 令和2(2020)年1月6日(月)

(2)原稿の提出
 ・提出方法: 期日までに事務局宛に電子メール(jade.office.1950@gmail.com)にて提出して下さい。
 ・提出締切: 令和2(2020)年2月28日(金)

(3)刊行日(予定)
 ・令和2(2020)年6月30日(火)


投稿原稿の執筆上の注意点

1.論文・研究ノートを執筆する際は、投稿規定を参照してください。

2.論文・研究ノートは未発表のもので,かつ内容がオリジナルなものである必要があります。二重投稿にならないように以下の点に注意してください。
(1)新規性を明確にすること。
(2)すでにある知見を活用する場合は、出典を明確にすること。先行研究は適切に参照すること。
(3)剽窃・盗用とならないようにすること。剽窃・盗用とは「他の研究者のアイデア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を、当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用すること。」を指す。

二重投稿等に関する留意点については「二重投稿の定義とその例外について」をあわせてご参照ください。

3.本号より、原稿提出を所定の様式にしていただくことを検討しております。所定の様式については、題目届を提出された方に直接ご連絡いたします。